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2016
01.24

再会。

1月14日。
古くからの友人に久しぶりに会いました。
同じ病気の大先輩。

彼女とは、予備校時代に知り合った仲で、一度も同じ学校に通ったことは無いのですが、こんなに細いながらも長く付き合えているのは、わたしが彼女の気質に魅力を感じているからなのですね。

なにかと流されやすいわたしには、きっちり芯のあるしっかり者の彼女はすごいな~と見えていました。
そんな彼女が乳がんになるなんて、理不尽だと思いました。

でも、若くして乳がんに罹患した彼女も、その後2人のお子さんを出産し、今では素敵ママになっています。

3年くらい前わたしの乳がんが分かった時は、北関東あたりに住んでいた彼女ですが、ご主人の転勤で北上し続け、今は道民らしいです。

北の国は、お子さんの冬休みが長いので、1月の半ば頃までこちらに帰省しているというので、このとき以来の再会です。

小学生とまだ2歳のお子様を連れて、一緒にランチ。
上のお子さんと会うのも赤ちゃんの時以来だけれど、ママによく似たしっかり者のお姉さんになっていて、感動しました~。

お土産もいただきましたー。
ムスメ達に見つかったらぜーんぶ食べられちゃうので、こっそりダンナといただきましたよ
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彼女の乳がん発覚から、たしか15年くらいになると思います。
もうすっかり健康で、各地で元気に過ごす彼女の姿は、サバイバーぽめの希望の星です。
ありがとう。
また遊ぼうね。

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2015
12.08

一年。

一年前、がん友だったひろのさんが亡くなりました。

わたしにとって、とてもとても近しい、大切なひとでした。

今も、彼女の家の前を通るとき、胸がきゅっとなります。

こころばかり、お花を届けました。

2015120822161235d.jpeg

想っています。祈っています。

忘れないよ。

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2014
12.27

さよならを言いに。

一週間ほど前になりますが、ひろのさんにさよならを言いに行ってきました。

ちゅらりん☆さん、えださん、みくさんと一緒にお線香をあげに行きました。
この日は一緒に行けないけなかったけれど、ひろのさんへの想いを持った仲間は他にもいて、その方々の気持ちももって行ってきました。

迎えてくれたご主人さまと娘さんの表情に寂しさはありますが、とても穏やかで、ひろのさんの優しさが生きていると感じました。

とてもきれいに片づけられたお家。
センス良く可愛い、温かいお部屋。
ひろのさんの名残りが感じられます。

お掃除の仕方などのお家の中のいろいろなこと、ご自身の葬儀の事など、
ひろのさんはご家族の為に書き残して逝かれたそうです。

小柄な体で、痛みに耐え、死の恐怖と闘いながら、いつもご家族を想い、たくさんの事を遺して逝ったひろのさん。
穏やかな笑顔の内にどれほどの強さを持っていたのでしょう。

その強さを胸に、ご家族がお元気で、穏やかに過ごしていかれますように。。。

ひろのさんのお宅を後にして、わたし達はランチに向かいました。
わたしがひろのさんと初めてお会いした時に行ったレストランです。

あの時、2人で座った席は同じ位置にありました。

あの日からまだ1年も経っていないのに、ひろのさんはもういない。
さようならを言いに行ったのに、
やっぱりまだ少し信じられません。
今も、メールしたら、返事が返ってきそうな気がしてしまいます。


この日はお店が空いていて、わたし達4人、随分長居してしまいました。
最後は店員さんが申し訳なさそうに「そろそろお店閉めますので…」と。
ランチ営業終了まで居座ってしまいました。

ひろのさん、「みんな、何時間いるの?」って笑ってるかな。

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2014
12.16

『さよなら』

初めてメールフォームからメールくれたのは去年の10月下旬。
偶然にも,ものすごくご近所で、お互いの子どもが同じ学校に通っているというご縁にとても嬉しくなりました。
それがひろのさんとの出会いです。

それからメールのやり取りを重ね、初めてお会いしたのは今年の1月。
ご近所イタリアンでした。→

2月には、地元でのランチオフ会。→

3月に企画した東京でのオフ会にも、「体調や痛みでキャンセルになったら迷惑かけるけど、(同病の)みなさんと会いたい」と言って参加してくれました。→
この時、「体調が悪いことが多いけど、何とか電車で東京まで来られて、うれしい」と、あの穏やかな笑顔で喜んでくれたのが忘れられない。

その後、ひろのさんの体調がすぐれない状態が続いて、なかなか会えないまま時が過ぎてしまった。
夏のLINEのやり取りでは
「近くにお昼ご飯を買いに行っただけでバテちゃった。病人にはこたえます」と、しんどそうで。
先月連絡を取った時には
「入院中です」という事だったので、心配だった。
来年、長女はぁちゃんが中学校に入学したら、また子ども同士が同じ中学校。
中学生ママの先輩として、いろいろお話聞きたいと思っていた。
またきっと会えると思っていた。


でも、もう会えない。
すぐそばにいたのに、会えないままだった。
無理にでも、会いに行けばよかったのかな。
もっとたくさんメール送ればよかったかな。
どんなに悔やんでも、もう会えない。
悲しいよ。悔しいよ。

「体調のいい時に、ちょっとお茶でもしようね。近所なんだもの。」そんな約束も、もう叶わない。

「落ち込んでばかりだけど、前向きに生きていかなければ!」と言っていたひろのさん。
お子さん達にしてあげたいことが、まだまだたくさんある、と言っていたひろのさん。
来年の桜が見たい、と言っていたひろのさん。

「さよなら」という曲の一説が何度も心に浮かぶ。
僕が生きる今日は
もっと生きたかった誰かの明日かもしれないから


子ども達には精一杯生きている姿を残したい。そう言っていましたね。
きっと、伝わったよね。

わたしも、一生懸命前を向こうと、強く強くがんばっていたひろのさんの姿、忘れないよ。

さよなら ただただただ 愛しき日々よ
ずっと忘れないだろう 僕は君を


ひろのさんの生きたかった今日を、わたしは生きている。
そのことを、ずっとずっと思いながら、これからも生きていく。
忘れないで、彼女のいのちと一緒に生きていく。
だから、強くありたいと思う。

長い、つらい治療、がんばりましたね。
どうか、ゆっくり休んでください。
ありがとう。ありがとう。

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ひろのさんの訃報を知った日の朝、空に虹がかかりました・・・

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2014
10.22

想いを伝えてくれますように。

わたしが乳がんを告知されたのは2013年の初めでした。


その数か月前から胸にしこりを見つけて、胸のしこりについて調べたり、関連ブログを読むようになりました。

告知前後に出会ったブログに、ずっと忘れられないものがあります。

********************************************************

そのブログは、小さなお子さんを2人お持ちの方のものでした。
下のお子さんが生まれて数ヶ月でご自身の乳がんが見つかりました。
辛いことに、乳がん告知を受けた数日後に、ご主人にまで転移のあるのガンが見つかります。

そのブログを読んだときは、あまりの不条理に、この世にゃ神も仏もいないね。と胸が苦しくなりました。

彼女は、ご主人と支え合って、ちいさなお子さんの為に絶対生きる、と何度も書いていました。
わたしも、どうかその想いが叶うようにと心から願っていました。

でも、ブログからは、彼女の状態が良くなくなっているのがうかがえました。
更新の頻度も低くなっていました。

久しぶりにUPされた記事を覗くと、
「入院しているけれど、タブレット端末を購入したので、扱いに慣れたらブログのUPも早くなるかも」という内容が書かれていて安心しました。

でも、それ以来、更新は無くなりました。

これまでいろいろなブログを読みましたが、長く更新が無くて、そのままになっているブログはとても心配になります。
ずっと気になってはいたのですが、彼女のブログは更新されないままでした。

そして更新されないまま一年以上が過ぎ、わたしは偶然、そのブログが本になっていることを知りました。
筆者はブログ主さんのハンドルネームです。
「わぁ!よかった!」と思いました。
その時わたしは、彼女が闘病を続けながら本を出したんだと思いました。
しかし、本の解説文を読むと、ブログの更新がなくなってからしばらく後に、彼女が亡くなったということを知りました。
本の出版を待たずに亡くなったようでした。

がん告知からほんの数ヶ月。
小さなお子さんを残して、どんな思いだったのでしょうか。どれほど無念だったでしょうか。
その想いを、辛さを考えると、苦しくて、その本は読んでいません。

その本を原案にした連続ドラマが作られるそうです。

自分が乳がんに罹ったから目に入るのか、乳がんドラマって多いな、と感じます。
わたしは今日、元気だけれど、今も辛い治療を抱えている仲間もいます。
病気と強く向き合い、闘い、亡くなっていった人もたくさんいます。
そのことをいつも忘れてはいけないし、目を逸らしてはいけない。
その気持もあって、乳がんドラマ、闘病ドラマも最近はよく見ます。
いつもできるだけニュートラルな気持ちで見るようにしています。
それでも、やっぱり、泣かせようとする意図や、素直にうなずけない演出や、間違ったり誤解を与えるような表現が多くて、悲しくなります。

主人公(乳がん患者)は、見る人に泣いてほしかったわけじゃない。
間違った知識を伝えたくてブログや本を遺したわけじゃない。
そんなことの為に病気と闘って、亡くなっていったわけじゃない。
・・・・・そんな気がして、悲しいのです。

先のブログの主さんも、辛い状況の中、大きな不安や恐怖に潰れそうになりながらも、「生きる」という希望を強く持って、病気と闘い、ブログを書いていました。
家族との日々を、ご自分の想いを、綴り伝えようと一生懸命なのが伝わってきました。

どうか、彼女の想いが、できるだけまるっとありのまま届くような、ドラマであってほしいと願います。


先日、彼女のブログにご主人からの更新がありました。
彼女が去年亡くなったことや、ブログ読者への感謝の言葉、ご主人の想い、追伸として本の事、ドラマ化の事などが記されていました。
改めて、ご冥福をお祈りします。
ありがとうございました。
ゆっくり休んでください。

ご主人さまがブログをお書きになれる状態なのだとわかってとても安心しました。
どうか、遺されたご家族が穏やかに笑って過ごせますように。


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