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2014
05.03

それは5月1日だった。*1

Category: 家族のこと。
前回の記事の「のっぴきならない急な用事」について。

話は少し遡ります。

先月の7日。次女きぃちゃんの入学式。
入学式を終えたその足で、桜がたくさん咲いている公園へ行きました。
そのあと、わたしの父にきぃちゃんのこの姿を見せようと、実家に向かいました。

20140409235624060.jpg

母は仕事に出かけているけれど、父は家にいるはず。
ところが実家には電気もついていなくて、誰もいませんでした。
「せっかく来たのに残念だね~」と言いながら、実家の冷蔵庫から野菜ジュースを一本勝手にもらって帰ってきました。
最近、食事の量がすっかり減った父の為に、母がいつも野菜ジュースを買って飲ませている、と言っていました。

その日の夜、母から電話がありました。
きぃちゃんが初めに受話器を取って、
「ばぁちゃん?今日入学式だったよ。ばぁちゃんちに行ったけど、誰もいなかった。野菜ジュース持ってきちゃったんだよ!」と楽しそうに報告してました。
わたしが電話に出ると、母から父が昨日(4月6日)、入院したと聞きました。

その日、右手がうまく動かない感じが見られ、ちょっとしびれているだけかも、と様子を見ましたが、その後、右の足もうまく力が入らないようになり、脳梗塞を疑った母が病院に連れて行ったとのことでした。
病院では脳梗塞胃がんの脳転移かわからない。ということで、入院して何日かかけ、いろいろ検査しましょうということになったそうです。

以前にも記事に書きましたが、父は昨年の夏、約5年前に手術した胃がんが肝臓、リンパ、腹膜に転移しているのが見つかりました。
その後は頻繁に病院へ通ってはいますが、手術や抗がん剤などの治療はできないので、対処療法的に対応し、検査で状態を見ていくだけでした。

自宅の仕事場の片づけをし、母と2人で、床などの張替えをしたり、カーテンを取り付けたりの作業をしていましたが、それが終わると、父はどんどん元気がなくなっているように見えました。
傾眠傾向が見られ、目を閉じていることが多くなりました。
そのため、「来年の免許更新を機会にやめる」、と言っていた車の運転も、その更新時を待たずにやめることにして、毎日家で過ごしていました。

そしてついに入院になりました。
母は「もしかしたらもう退院はできないかもしれない」と言いました。

数日後、家族でお見舞いに行くとちょうど夕飯が運ばれてきました。
ヨーグルトとかアイスについてくるような小さなスプーンにおかゆを4~5口食べると「もういらない」と。
おかずの焼き鮭や煮物は、はぁちゃん、きぃちゃんの孫シスターズが平らげてしまいました。
足はパンパンに浮腫んで、腹水もパンパンに溜まっていて、普通に歩くこともできない状態でした。
衰弱しているのは目に見えて感じられました。

それからは、日曜日とか子ども達の習い事や用事のない日にお見舞いに行きました。
母は仕事や家のことを終えると、毎日病院へ行っていたようです。
食事介助しながら食べさせても、相変わらず少ししか食べず、それでも母が食べさせようとすると
「いらないよっ!!」と怒り出す始末。
腹水がたまっているので栄養補給の点滴も中止になっていた為、食事をとらなければ弱る一方です。
腹水は抜いてもらえないのか?と聞くと、その腹水にもタンパク質などが溶けているので、それも一緒に抜いてしまうことになるため抜くのも得策ではないとのことでした。

ついこのあいだまでゆっくりながらも自分で動けていたようなのに、もう歩くことも、自分で車いすに座ることも出来なくなっていました。

それを見ながら、なんの手立てもないことが、もどかしく感じられました。



長くなりそうなので、続きはまた次回に。


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